| ある指揮者の話 [side.C] |
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相変わらず、ドナの作る料理は美味い。 今晩はパンと鳥の唐揚げと温野菜が出てきた。どれも唸るほど美味い。 「ドナって、最強だよな」 俺の言葉に対してドナは何で? と言いたげに首を捻る。 「美人だし、料理は上手いし、家事もバッチリこなすし、性格もいいし、欠点が見当たらないじゃないか」 「でも私、ケチだよ?」 照れくさそうに笑いながら、ドナは唐揚げを一口食べる。 「ケチはいいことだ」 「ジークはケチはいけないことだと言ってたけどなあ。金は使ってこそ金だ、って」 「その辺はあれだ、価値観の違いだ。金は貯めてこそ金だ。……そういえば、ジーク遅いな」 「街に行ってくるんだっけ?」 「そうそう」 温野菜を口に運びつつ、思わずにやにや笑いが漏れる。 今頃奴はどんな指輪がいいか苦悩しているに違いない。 そして俺が帰った頃におもむろに指輪を渡してプロポーズするのだろう。 承諾しても断っても、俺にとっては嬉しい。 新妻はそそられるし、断れば俺が彼女に言い寄ることができる。 ところが、晩御飯を食べ終わっても、洗い物が終わってもジークは帰ってこなかった。 ドナが洗い物をしている後ろ姿を見て、抱きつきたくなったが我慢した。 「……何かあったのかな」 「迷ってるにしても、遅すぎるな」 「迷ってる?」 ジークは俺と違って早々と決断を下すタイプだ。 迷ってもせいぜい30分が限度だろう。俺の限度は無限だ。 「ちょっと、外見てくる」 ドナは部屋着の上にコートを羽織り、手袋をはめた。 「俺も行く。か弱い女性が1人で夜道を歩くのは危険だからな」 俺も慌ててコートを羽織る。手袋は要らない。ポケットに手を突っ込んでおけば大丈夫だ。 ドナがドアを開ける。 ぴゅう、と冷たい風が吹き込んできた。 ジークの姿はすぐに見つかった。 地面に横たわっていたからとても目立つ。悪い意味で。 「……ジーク?」 ドナは彼の姿を見つけるとなりふり構わず駆け寄った。 俺もドナの後を追って駆け寄る。 ジークはうつ伏せに倒れていて表情は全く分からない。 体はぴくりとも動かない。嫌な予感がした。 「ジーク? どうしたの?」 ドナがジークの体を揺さぶろうと手を触れる。 が、その手は触れてはいけないものに触れてしまったかのように反射的に離れる。 「……う、嘘でしょ……?」 俺もジークの体に触れてみる。 妙に生々しい冷たさがあった。決して冬の冷たさではない。 「……え?」 思わず、呟く。 「……ね、ねえ。起きてよ。今日は唐揚げだよ」 ドナは彼の体を揺さぶる。 きっと彼女も気付いているだろうが、それでも揺さぶる。 「ねえ、ジーク! ジーク!?」 いつの間にか、彼女の目から涙がこぼれている。 「……嘘、でしょ……」 彼女は泣き叫ぶ。目の前の現実を否定するかのように。 俺は無言で彼女の傍に寄り、彼女の細い肩を抱き寄せた。 葬式の日は重たい灰色の空が広がっていた。 まるで俺やドナの気持ちを反映しているかのような空だ。 墓地の片隅に棺を運び込み、暫くの間、無言で棺の中で眠るジークを眺めた。 「……バカ。ジークのバカ。何で死んじゃうの」 死者に着せる服を着せられたジークを見て、ドナは改めて彼が死んだことを実感したのだろう。 再び涙をぽろぽろ流した。 「……ドナ」 泣き崩れている彼女に声をかけづらかったが、それでも声をかける。 ジークを着替えさせる際、コートのポケットから見つけたものを渡さなくてはならない。 「これ、コートのポケットに入ってた」 彼女の手にサファイアの指輪を握らせる。 「……婚約指輪だ、多分」 ドナは生気のない目で指輪を見る。 「…………」 指輪を握り締め、嗚咽を漏らした。 俺の目からも、自然と涙が落ちる。 こんな結末は望んでいなかったのに。 神を罵りたくなる。あなたはなんて非情なのですか。 葬式が終わって数日間、俺はジークの家に寄らなかった。 その家に行くことは、俺にとって辛かったし、何よりドナが俺を見て彼を思いだすかもしれない。 美味しい晩飯を食えないのは残念だが仕方ない。 ある日、ドナから電話がかかってきた。 電話番号は知らせていたが、ドナからかかってきたのは初めてなので少々動揺する。 「もしもし」 「……シャオ」 彼女の声は震えている。 「会いたい」 絞り出すような、かすかな声で。 「俺も会いたいよ。今からそっちに行こうか」 「うん」 がちゃん、と電話は切られる。 俺はコートを羽織って外に飛び出す。 氷のような風が頬を殴る。空を見上げるとちらちらと雪が降っている。 「愛しの姫のため、我は寒風に耐えて出陣する!」 寒さを誤魔化すために叫ぶ。 誰かに聞かれて変質者扱いされても構わない。 「これでいいんだ、これで」 相手のことを気遣って遠慮するのは俺らしくない。 分けの分からないことを叫ぶのが俺だ。 相手の迷惑を考えずに行動するのが俺だ。 ドナを笑わせるのは、俺だ。 俺以外に、誰がいる。 ジークの家……というか、ドナの家は数日の間に劇的な変化を遂げていた。 服や小物が散乱し、台所には洗っていない皿や食器が積みあがっている。 ゴミ箱は倒れ、そこから大量のティッシュがこぼれている。 散乱した部屋の隅でドナがうずくまっていた。 服を蹴散らして彼女の元に駆け寄って、ぽんぽんと軽く肩を叩く。 「姫を救うために王子がやってきましたよ」 ドナは顔を上げて俺を見た。 目の下には濃いクマができていて、長い黒髪はぼさぼさだ。 「シャオ」 ドナはコートの裾をつまむ。可愛らしい仕草だ。 「死にたい」 彼女は肩を震わせる。 ジークの死は、想像以上に彼女にショックを与えているらしい。 「死ぬなよ」 彼女の肩をがしりと掴む。 驚くほど細い肩だ。改めて彼女が女性であると知る。 「死んだら、今までずっと口説くタイミングを計っていた俺はどうなるんだ」 「私なんかより、もっといい人はたくさんいるよ」 「俺にとってはお前が一番なんだよ」 言ってて恥ずかしくなる。 いいんだ、恥ずかしいことも真顔で言うのが俺だ。 「俺がジークの代わりになる、とかは無理だけど、俺なりにドナを幸せにしてみせる」 ジークの名が出て彼女は思わず肩をびくつかせる。 「だから、死ぬなんて考えるな」 「……でも」 「でももへったくれもあるか。お前に死なれたら俺が困る。だから死ぬな。それだけだ」 彼女は俺から目を逸らし、うつむく。 「……シャオが困るから死ぬな、ってのは自己中心的だと思うよ」 うつむいたままぼそぼそと喋る。 「ああ、そうだな。俺は自己中心的な男だよ」 「…………」 ぽろり。彼女の目から涙が落ちる。 女性を泣かせた。 慌てて彼女の顔を下から覗き込む。 「じ、自己中な男は嫌いか?」 彼女は首を左右に振る。 「シャオは嫌いじゃない」 「そ、そっか」 涙を流したまま、彼女は弱弱しく笑う。 「シャオのために、生きてあげるよ」 それから数日間、俺とドナは家の掃除に時間を費やした。 ドナはまだ不安定だったため、主に俺が服を畳んで小物をしまって洗い物を済ませた。 服を畳んでいた時にジークの婚約指輪を見つけた。服の中に埋もれていた。 「これ、どうする?」 ドナはそれを見て、泣きそうな顔になった。 「……どこか、私の目の届かない所に置いといて」 「分かった」 ドナが決して見ないところを考えてみる。 やはりジークが使っていて、捨てるに捨てられないものの中がいいだろうと思った。 だから彼が使っていたギターケースの中に放り込んだ。 ジークが死んで3ヶ月ほど経った頃、ドナは髪を切った。 今までの思い出を断ち切るかのように、ばっさりと。 「こんなに切ったのは久しぶりだけど……変かな?」 彼女はどこか恥ずかしそうに短くなった毛先をいじる。 「変じゃないな。むしろ可愛い。俺の中でポイントが50点ぐらい上がった」 「ありがと」 彼女ははにかんだ。 思わず抱きしめそうになるが、堪える。 きちんと順序を踏まないとジークに怒られそうな気がしたからだ。 あれからさらに1年が経った。 俺はドナの家に住み、毎日美味しい飯を食べている。 彼女は相変わらず短い髪のままで、伸ばす気配は全くない。 1年前との違いは、3つある。 1つ目。1人いなくなった。これは大きな違いだ。 けれども、彼の分まで俺が賑やかになって、寂しさは何とか誤魔化している。 2つ目。ドナの髪が短い。 これは可愛らしくなったのでいい変化だ。 3つ目。どんなに寒い日でもシチューが出なくなった。 ジークと俺が初めて食べた時、大絶賛した思い出が彼女の中で強く残っているのだろう。 あのシチューが食べられないのが残念だが仕方がない。 1年前と違いがあっても、俺と彼女はなんとか幸せに生きている。 これからも、幸せに生きていきたい。 ただ、そう願う。 余談だが、いつかドナの傷が癒えた頃を見計らって彼女に俺の婚約指輪を渡そうと思う。 何故かというと、新妻というのもそそられるからだ。 |