| ある獣人の話 [1] |
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日が昇る頃に起きる。 朝ごはんを食べる。 軽くジョギングをする。 自前の武器の素振りをする。 洗濯物を頭に乗せて日のよく当たるところまで走る。 昼ごはんを食べる。 仲間達と稽古をする。 毎日がこの繰り返し。 満ち足りている。が、変化がない。 大人ならこの生活に満足する。 しかし、まだ20歳であるサザにとってはつまらないものだった。 棒を振り上げる。 ぱんっ、と短い音が鳴って相手の棒が宙に舞う。 続けざまに棒を振り下ろす。 相手の肩に当たる寸前に棒を止める。 同時に相手の棒が地に落ちる音が鳴る。 「はい、そこまで!」 父の声が響く。 サザは棒を戻し、相手の棒を拾って相手に渡す。 「やっぱ、サザは強いなあ」 相手は苦笑しながらも棒を受け取る。 「そりゃあ、俺の娘やからな」 「うちに勝つなんて10年早い」 得意げにサザは笑う。 「むかつくわー。いつか絶対倒すからな」 相手は乱暴に頭を下げ、足早に去っていった。 「はい、次はー?」 サザは辺りを見回す。 何人もの仲間がサザを中心に円を作っている。 「次、俺! 俺やる!」 円の中から1人の少年が立ち上がる。 サザは棒を構える。少年も棒を構える。 父がサザと少年の間に立ち、すうっと深く息を吸う。 「始め!!」 声が、大空に響く。 稽古が終わるのはいつも夕暮れだ。 昼ご飯を食べた直後から稽古を始め、全員に1回ずつ稽古をして、それだけで夕暮れまでかかる。 サザは獣人の仲間内では2番目に強かった。 1番は彼女の父親で、彼女は未だに父に勝ったことがない。 けれども、日が経つにつれて、彼女と父の力の差は縮まっている。 もし、父を倒して1番になったら――? 時々、サザはそんな事を考える。 が、すぐに止める。 今はまだ父を越えるという目標があるから、退屈な毎日も過ごしていられる。 もし1番になれば、次は何を目標にすればいい? 時々、サザはそんな事を考えて鬱屈な気分になる。 「今日も……行くか」 そんな気分になったときは、いつもあの場所に行く。 村の外れの、ひまわり畑へ。 ひまわり畑は、サザが種をまいて作ったとっておきの場所だ。 最初に種をまいたのは10歳の頃で、咲いた花から種をとって、それを撒く事を繰り返してきた。 10年もそれを繰り返していると、ひまわり畑の規模は流石に大きくなってきた。 今は、ちょうどひまわりが咲き誇る時期で、元気に咲いているひまわりを見るとサザは嬉しくなる。 夕暮れの光に染められたひまわりの花々は、どこか誇らしげに見える。 どうだ、こんなに立派に咲いたんだぞ、と。 ひまわり畑に足を踏み入れる。 ひまわりが風に揺れて、サザを歓迎する。 その中を歩いていくと、不意に頭上に影が落ちた。 「…………?」 明らかにひまわりの作る影とは違う。 顔を上げる。 「……うわ」 目に入ったのは、ひまわりと、粗末な石で作られた巨大な人のような形をしたもの。 ――昔、父親から聞いたことがある。 この世には物質でできた生き物がいる、ということを。 おそらくこれがそうなのだろう。 確かその名前は…… 「……ゴーレム?」 サザは恐る恐る、ゴーレムの足に触れる。 ざらざらとした石の触感。 ゴーレムは足を投げ出して座っている。 眠っているのか、サザが触っても反応しない。 ゴーレムの足元を見ると、何本ものひまわりが踏み潰されていた。 少し、怒りがこみ上げる。 このゴーレムは誰がどれだけ愛情を込めてひまわりを育ててきたと思っているんだ。 「…………」 がつん、とゴーレムの足を思いっきり蹴る。 予想はしていたが、自分の足が予想以上に痛くなった。 「いったー……痛いわ、アホ」 ゴーレムに対して毒づく。どうせ聞いていないだろう。 「……アホはないよなあ。アホは」 ――が、予想に反して頭上から低い声が降ってきた。 「え」 見上げる。ゴーレムの瞳が動いてこちらを見る。 「動いた?」 「さっきから触ったり蹴ったり、おれに用事でもあるんか?」 「いや、用事というか……」 ちらと足元を見る。ひまわりは潰されたままだ。 「ちょっと、どいてくれへん? ひまわり、踏んでる」 「ええ? ああ、気づかんかった。すまんすまん」 ゴーレムはゆっくりとした動作で立ち上がり、ひまわりのない所まで歩いて、腰を下ろす。 サザもひまわりのない所まで歩いて、ゴーレムの傍で腰を下ろす。 ゴーレムは巨大で、夕日が完全に遮られる。 「あんた、ゴーレムやんな?」 「そうや。ここらへんの石の寄せ集め」 「ここらへんの?」 確かにこの辺りの森には大きな石がごろごろしている。 ゴーレムを作れると聞いても不思議ではない。 「名前はあんの? ……あ、うちはサザ」 「おれはエル。誰も名付けてくれへんから自分で名前付けたんや」 「自分で?」 エルは頷く。 「みんな、おれのことをゴーレム、って呼ぶねん。名前が欲しい言うても誰も名前考えてくれへん」 「だから、自分で?」 エルはもう一度頷く。 「寂しいな」 「寂しいよ」 ふと空を見上げる。 濃い橙の空に、黒い空がじわじわと滲んできている。 「……じゃあ、そろそろ帰るわ」 サザは立ち上がる。エルはサザを見る。 「また明日、夕方になったら来たるわ」 「ほんま?」 「ほんまや」 「そっか。じゃあまた明日」 エルは嬉しそうに顔を上下に振り、手を軽く振る。 「また明日、な」 サザも手を振り返す。 風が吹いて、村に帰るサザの髪と、ひまわりが揺れた。 楽しみができた。 エルという、今まで見たこともない友達だ。 同じ毎日を繰り返している獣人とは違い、外の世界を見てきている。 エルはどんな世界を見てきたのだろう。どんな人を見てきたんだろう。 そんな事を考えると胸がわくわくした。 外の世界のことを想像していると、時が経つのはとても早い。 気がつけば昼ごはんを食べているし、気がつけば仲間と稽古をしている。倒している。 夕暮れになって稽古が終わると、サザは駆け足でひまわり畑へ向かう。 エルは昨日と全く同じ場所に座っていた。 サザがひまわり畑を抜けてエルの横に座ると、エルは嬉しそうにサザを見た。 「ほんまに来てくれた」 「うちは約束は絶対守る主義やから」 「ええなぁ、約束守ってくれるって。嬉しい」 エルの口ぶりからすると、約束を破られたことがあるのだろう。 が、それを根掘り葉掘り聞くのはサザの性格ではない。 それよりもエルが見てきた外の世界の方が気になる。 「エル、って今までどの辺におったん?」 「俺はな、ここから少し離れたとこに戦争に行ってた」 「戦争? あの、たくさんの人が戦う戦争?」 戦争の話は父からしか聞いた事がない。それも抽象的な言葉で。 父も戦争を知らないのだろう。というか、獣人の全員が戦争を知らない。 「おれと同じようなゴーレムがいっぱいおって、みんなたくさんの人を殺してた」 「エルも? エルも殺したん?」 エルは無言で頷く。 「殺さな、あいつらに壊されてた」 「あいつら?」 「おれを作った奴ら。あいつらにとって、戦えへんゴーレムなんてただの岩の塊や」 「……ひどいな。戦争って」 「…………」 エルは黙ってひまわりを眺める。 サザも黙ってひまわりを眺める。 「なあ、外の世界ってそんなんばっかりなん?」 「さあ? おれは戦場しか知らんから、何とも言われへん」 「そっか……」 戦場は、行きたくないな。 エルの瞳を見ていると強くそう思う。 「サザ、外の世界が見たいんやったら、行ったらええ」 「うちが?」 外の世界を見に行く? この獣人の村から出て? 「いや、でも……」 確かに、この退屈な村から出て外の世界を見に行くのは魅力的だ。 でも。 「……ひまわりが……」 今まで何度もサザを元気付けてくれたひまわり。 ひまわりを見捨てて外の世界に行くなんて、できない。 エルはサザの視線を追い、ひまわりに気付く。 「……なあ、サザ。おれも、約束は守る主義や」 「え?」 「サザが外の世界に行ってる間、おれがひまわりを守ったる」 エルが、ひまわりを? ひまわり畑を知っているのはエルだけで、エルは友達だから、確かにそれが1番なのかもしれない。 「……踏み潰せへん?」 「アリ1匹も踏み潰せへん」 「……寝返りうって潰せへん?」 「座ったまま寝るわ」 「……枯らせへん?」 「育て方教えてくれたら枯らせへん」 サザはエルの目を見る。 今まで会った友達の誰よりも、強そうで、優しそうで、信頼できる。 「……明日、育て方教えるわ!」 何年も試行錯誤して分かった育て方を、教えよう。 エルは、信頼できる友達だから。 |
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