ある妖精の話 [side.Y]
人間の町は冷たい。
たくさんの人がいて、たくさんのこころがある。
けれども、それはみんな自分自身のため。
誰かのために、動くなんてことはないのだろう。
少なくとも、私が今まで見てきた人間はみんなそうだった。




私が見てきた人間、とは私を買った人間だ。
私は幼い頃から羽をきれいにすることに一生懸命になっていて、そのおかげで村一番の妖精になった。
村一番の妖精になったおかげで、人間に捕まった際にかなりの高値がついた。
普通の人間なら手も出せない値段だが、私は多くの富豪に買われた。

私を買った富豪は、大抵私を緻密な細工を施した鳥かごに入れ、日の当たる場所に置いていた。
最初の数日間は私を愛でているが、その数日が経つと彼等は私の存在を忘れたかのように動き回る。
それ以降、富豪が私を愛でるのは富豪の友人に対して自慢をするときだけだ。

誰もいない時間を過ごしている間、富豪の家に住む精霊が私に話しかけることもあった。
精霊たちは豪奢な暮らしのせいで性格も富豪のようになっている。
美しいものを愛で、他者への自慢で満足感を得、金策に走るのが大好きな富豪のように。
本来、精霊とは自然と同じ、優しく厳しい性格なのに。
「あなた、そんな鳥かごに閉じ込められてかわいそうねぇ」
「妖精じゃなくて、まるで、美術品の一部ね」
そのようなことを、平気で言い放つ。

富豪は私に飽きると買ったときよりも高値で売り、違う富豪がその値で私を買う。
それが何回も繰り返され、気がつけばほんの一握りの大富豪しか買えない値段がついていた。
その値段から、私は世界一美しい妖精、と呼ばれることも多々あった。
美しい、と呼ばれるのは嬉しいけれども、私はこの生活が嫌でならなかった。
私は美術品じゃない。妖精だ。絵画とは違う、生きている。




私を最後に買った富豪は、私にすぐに飽きた。おそらく史上最短で。
けれども手放すのは惜しいのか、鳥かごごと倉庫の奥に閉じ込めた。
――妖精は、日光と花の蜜で生きている。
倉庫の奥はどちらもない。
あっというまに、体力がなくなった。羽の美しさを維持する気力もない。

そろそろ死ぬな、と思った日の晩、偶然にも富豪の家に泥棒が入った。
泥棒は倉庫に入り、美術品数点と私を盗んだ。もちろん鳥かごごと。
泥棒は暗闇のせいで、私が羽を美しく保つ気力を失い、醜い羽を持っていることに、自宅に着くまで気付かなかった。
もちろんそれに気づいた時、泥棒は憤慨して鳥かごを荒々しく蹴った。
きっと、こんなゴミ盗んじまった、とか叫んでいるに違いない。




泥棒は次の日に、市場の露天商に私をかなり安い値段で売りつけた。
子供の小遣いでも買えそうなほどの安値だ。
妖精とはいえ、醜い羽を持っているとなかなか売れない。
市場を行く人々は、私をちらと見て、嫌なものを見た顔をして通り過ぎる。

ここは日光が十分に当たるため、その気になれば美しい羽を再生させることも出来る。
が、しなかった。
また富豪に飼われるなんて、まっぴらだ。
ここで、蔑まれながらじわじわと死ぬか、誰かのストレス解消のために殺されるか。
どちらでも、いい。




ふと、私をじっと見ている少年に気付いた。
十代半ばほどの少年は、顎に手を当てて真剣な顔で私を見ている。
そして人間の言葉を喋りながら、鳥かごの傍に立てかけられた値札を指差す。
確かそこにはただ同然の値段が書かれていたはずだ。値段を聞いているのだろうか。
ちなみに私は人間の言葉は全く分からないので、仕草から意味を類推するしかない。
露天商は少年に対して「救い主が現れた」とでも言いそうな顔をした。
少年は私の顔をじっと見て、にかっと笑う。
少年はすぐに露天商に小銭を渡し、露天商は鳥かごを彼に渡す。
鳥かごを撫でて、少年は嬉しそうに笑う。

少年が鳥かごを片手に立ち去ろうとした時、露天商が少年に何か言った。
振り向くと、露天商は私の羽を見て露骨に顔をしかめる。
少年は私の顔を見て露骨に目を細める。
企みを含んでいる、そんな目の細め方。
――ひょっとして彼はストレスを抱えていて、それを発散するために私を殺すんじゃないだろうか。
一旦そう思いだすと、そうとしか思えなくなってきた。
ああ、私の人生はここで終わるのだな――




――と思いきや、意外にも少年は鳥かごの扉を開け、私に逃げるように促した。
しかも露天商の目の前で開けたのではなく、日のよく当たる、人気のない草原まで連れて行って、だ。
ここまで連れて来られれば、露天商に捕まることはもうないだろう。
「なんで?」
思わず言葉が出る。妖精語で、きっと少年には通じないだろうが。
少年は優しげに微笑む。
「妖精を売る、ってのが許せないんだよな」
なんと。
少年は妖精語を話した。
妖精語は確か、妖精以外は決して喋れないような複雑な言葉のはずだ。
何故この少年は人間なのに喋れるんだ。
「なんつうか、ほっとけないんだよ」
少年は私の疑問を無視してべらべらと妖精語を喋る。
「……どうして、喋れるの?」
「世の中には、人間サイズの妖精もいるんだぜ?」
「え」
改めて彼を見る。
妖精の羽はどう見ても生えていない。
「嘘でしょ。羽生えてないもん」
「うーん……説明しにくいんだけど、元妖精の人間なんだよ」
元妖精の人間?
私には全く分からない話だ。
が、詳しく問いただすほど気になるものでもないので、聞かない。

「じゃあ、行けよ。もう人間に捕まるんじゃねーぞ」
「…………」
少年の顔を見る。
今まで会った人間の誰よりも、信頼できそうな顔。
「……私、行くところないんだよね」
私は日光を全身に浴び、久々に羽を大きく羽ばたかせる。
羽にたまった汚れを振り払い、元の美しい羽に戻った。
それを見て、少年は口笛を吹く。
「きれいだな」
「ありがとう」
「……じゃあ、な」
少年は私に背を向け、町に向かって歩き出す。
すかさず私は少年の肩に座る。私は小さいので座るのは簡単だ。
少年は肩に止まった私を見て、眼を丸くする。
「なんで?」
今度は少年がそう言った。
「捕まりたくないから、あなたの相棒になるわ」
「え、でも、ちょっと」
「私がいたら迷惑?」
「…………」
少年は私の顔をじっと見る。
それから、顔を左右に振る。
「迷惑どころか、大歓迎だ」




少年はルクと名乗った。
偶然にも私の名前、ユクと一字違いだ。
ルクは2人の幼馴染と共に旅をしていて、今から故郷に帰るつもりらしい。
私の姿を見たら、その幼馴染はどういう反応をするだろうか。
人間の言葉を覚えたらどんな反応かよく分かるのに、残念ながら言葉はほとんど覚えていない。
これから人間と共に暮らすのだから、人間の言葉は覚えた方がいいだろう。
ルクに頼んで、少しずつ言葉を教えてもらおう。









――人間の言葉を覚え終わって数日後。
私はルクが私を連れて行った理由を知る。
町の雑踏の中で、彼は毅然として歩く美しい女性に声をかけた。
「あのう、この妖精を入れるのにちょうどいい籠を売ってる店をご存じないですか?」
女性はルクの顔と私を見て、
「さあ……知りませんよ」
と一言だけ言ってさっさと歩いていった。
ルクは大げさにうなだれる。

――そう、ナンパのきっかけ作りに私を連れて行ったのだ。

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